天津風雲右衛門(前頭)

錦朝楼芳虎 画

茨城県出身。天保13年(1842)まだ三段目の時盛岡藩のお抱えとなり、殿様のご威光で出世は早く、弘化3年(1846)入幕したが、東北の飢饉で藩財政窮乏して、お抱え力士全員がお暇を賜わった。八百長を断わって毒を盛られ、身体をこわし再起できなかった。


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